2014年6月13日金曜日

不登校の生徒が感激した教育実習生

「先生、教育実習で辛いことがあったら、泣きながら電話するからね」

ゼミ4年のA子はそう言って、教育実習に入っていった。

教育実習に強い不安を抱えていたのだ。

そして3週間が経過した…

A子は、私に電話してくることはなかった。

無事、教育実習は終わったようだった。

久しぶりに研究室に卒業研究のために来たA子の表情は明るかった。

「先生、教育実習は楽しかったよ」

A子はそう言って、教育実習の話をし始めた。






(↑ 話し終わった後、卒論を取り組むA子)


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A子が担当したクラスに、不登校の女の子がいた。

週に1日、友人に連れられて午前中登校するだけだった。

ある日…

A子は時間があいたので、その生徒と話をした。

A子は一生懸命に話を聞くだけだったが、その生徒は心を開いてくれた。

これまでの辛かった出来事を、涙を流しながら語った。

教育実習の最終日…

A子はクラス全員にメッセージカードを配った。

そこには、生徒たちの長所が書かれてあった。

生徒ひとりひとりの顔を思い浮かべ、長所を考え、ことばにする作業はとても大変だった。

授業の指導案を作ることよりも、大変な作業だったという。

そのカードを受け取った生徒たちは感激し、クラスの女の子全員が涙を流した。

そして…

あの不登校の生徒も、登校してきた。

A子の教育実習の最終日のため、わざわざ登校したのだった。

メッセージカードを受け取ったその生徒は、泣きながらA子に言った。

「先生、教員採用試験に合格して、来年私のクラスの担任になってください。そうしたら、私、登校できると思う。」

このことばを聞いて、A子も泣いてしまった。

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若いってすごいことだと思う。

授業が下手でも、生徒への接し方が下手でも、生徒の気持をつかむことがある。

だから、教育実習にはドラマがある。

ただ…

A子の場合、教育実習が楽しかっただけに、普段の大学生活のペースに戻り切れていなくて困っていた。

「勉強のやる気がでな~い!」

まあ、ぼちぼち、勉強をするんだよ。

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A子から教育実習の話を聞いたその日…

今春卒業したゼミ15期のB子とC子が研究室に遊びに来た。

ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!

研究室のドアを思いっきり何回もノックして、研究室に入ってきた。

この荒々しい行動は、在学中と変わらない。

二人とも元気そうだ。





(↑ B子とC子)


B子は学習塾に就職した。

仕事が終わるのが午後10時で、帰宅するのは午後11時過ぎ。

夜遅くまで働くと、疲れが残る。

でも一応、順調に仕事をしている様子。

彼との交際も続いている。

B子は,社会人になって、ぐっと大人の雰囲気になった。

色っぽさが漂っている。

B子は私へのお土産を持ってきた。

大学のコンビニで買ったポテト。

「先生、これ好きでしょ。」

そう言って、私に差し出した。





(↑ B子が買ってきてくれたポテト)


昨年、卒業研究の指導のため遅くなってしまった時、夕食としてコンビニで買った記憶がある。

おそらくB子は、この時のことを覚えていて、私に買ってきてくれたのだろう。

B子の気持ちがうれしかった。

C子は宅配会社のドライバー。

20キロもある荷物を何個も運ぶことがあるらしい。

研究室で運転時の安全確認のしぐさを再現してくれた。

「左よし、右よし、後方よし」(確かこんな感じ)

すっかりドライバーの雰囲気だ。

二人とも、大学生からだんだん社会人になっていく感じがした。


二人に卒業式の写真を見せた。

この写真は、私のカメラで撮っているので、二人は見ていない。

そこには晴れ姿でにこやかな顔が写っている。






「どう、すごい綺麗に撮れているだろう。俺が撮ったんだ。」(自慢)

「ほんと、綺麗!」(B子)

ゼミ生たちが卒業していったのは、ほんの数ヶ月前だけど、遠い昔のようにも感じられる。

今度は、他のゼミ生を研究室に連れてくるように、二人に伝えた。

特に東京で研修中のゼミ生や、レンタカー会社に就職し、落ち込んでいるゼミ生をー。












2014年5月31日土曜日

注文していないのに宅配便が…

5月に入った頃…

サポートセンターの私のメールボックスルに、宅配便の不在連絡票が入っていた。

「あれ、何か、注文したかな…」

私には身に覚えがなかった。

不在連絡票を見ると、私が注文した商品は…

「ももクロチケット」

しかも代引きで9000円!

なんだ、これ?

そんな趣味、ないけどな~



(↑ 代引き料金9000円の記載がある不在連絡票)



よくよく不在連絡票を見ると…

配達したドライバーの名前は、今年卒業したゼミ卒業生のA子。

そうか、A子が大学に来たのか…

A子は、大手の宅配便会社に就職した。

仕事は、宅配便の配達のドライバー。

メモが書いてあった。

「早く仕事が終わったので、会いに来たのですが、いなかったので手紙を書きます。仕事は順調です。」

大学を卒業して2ヶ月、仕事にも慣れて、頑張っていることを私に報告しようと思って来てくれたのだろう。

懐かしくA子の顔を思い浮かべた。

会って話をしたかったな。


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そう言えば、今年卒業したB子からも、以前メールが届いた。

「お久しぶりです。元気ですか。私は元気よー (中略) 一人暮らししているので、近くまで来たら、ご飯でも連れてって?」

元気に仕事をしている様子がうかがえる。

B子なら、仕事をしっかりこなしているだろう。

ちゃっかりご飯をおごらせようとしているところが愛嬌だな。


A子もB子も、仕事に少しずつ慣れてきて、一息ついた時に、ふと大学時代を思い出し、懐かしくなって私に近況を伝えてきたのだろう。

大学を卒業して2ヶ月ちょっと。

大学時代とはまったく違う生活を送っているのだろうと思う。

それなりの苦労は必ずあったはずだ。

いつか同窓会を開いて、その苦労話を聞きたいな。


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宅急便の不在連絡票が入っていた数日後…

ゼミ11期生のC子から、突然メールが届いた。

私に会いに大学に来たいという。

C子は高校の非常勤講師をしている。

高校がテスト週間に入ったので、午後に時間が空いたらしい。

C子は心がやさしい子だ。

卒業した今でも、私の誕生日近くなると、バースディカードを送ってくれる。

そして頑張り屋だ。

現在、ダイエットのために、毎朝4時に起床して10キロを走る。

休日は、ビーチラグビーに参加。

砂浜を走っている。

すごい体力だ。

ここまでハードにできるのは、自分に厳しくできるからだと思う。

ここまで根性のある子は、なかなかいない。


ただ悩みのひとつは、彼ができないこと。

合コンには行っているらしいが、なかなか縁がない。




今でも覚えていることがある。

C子が大学2年生の時のことだった。

ゼミの説明会で、私の研究室に来た。

そして私が座っている椅子のそばに座り込み、こう言った。

「私って、男運がよくないんです…」

このところ、交際する男はすべて悪い男ばかりだというのだ。

自分の男運のなさを、C子は嘆いた。

このことを思い出し、私はC子に言った。

「あせることはない。C子があせって男をつかまえると、ろくな男ではないからな。」

「そうねすね。」とC子も認める。



大学時代に比べると、C子の女らしさはすごく磨かれていると思う。

毎日、一生懸命に生きているからだと思う。

だから、あせることはない。あせる必要はない。

いつか、きっと、よい縁に恵まれるよ。





















2014年5月25日日曜日

就活の最終面接で歌ったゼミ生

3年生のゼミの時間…

A子が言った。

A子 「先生、私のこと、太いって4年生に言ったでしょう。」

私  「俺が、A子が太いって、言うわけないだろう。」

A子 「でも、4年生が言ってました。先生が太いって言っていたって。」


よくよく思い出してみると、似たようなことを言った記憶がある。


私 「う~ん、少しは言ったかも…」

A子 「そうでしょうー」


思い出した。

4年生が、「A子は太い」とよく言っていたが、私にはそんな印象はまったくなかった。

ただ合宿の二日目に、A子がジャージ姿ではなく私服だったとき、体格はいいなとは感じた。

その時のことを、4年生に話した記憶はある。

ただし、太いという表現はしておらず、体格がいいと表現している。

だって、女子学生に対して、「太い」という表現をしたら、大問題になることは十分承知しているからだ。

おそらく、4年生はそのような区別はせず、「先生は太いと言った」と表現したのだろう。

困ったもんだ。


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4年生のゼミの時間…

ゼミ4年のB子がにこにこしている。

地元の金融機関に内定をもらったという。

最終面接の様子について語り始めた。



B子の履歴書の趣味の欄に「歌を歌うこと」と記載してあった。

ある役員に、そのことについて尋ねられた。

A子は、この面接の場でも歌を歌うことができると自己ピーアールした。

そして、なんと、最終面接で、歌を歌うことになったのだ。

歌は「津軽海峡冬景色」。

いつか、研究室でも歌っていた曲だ。

歌のおかげで、最終面接はおおいに盛り上がった。

B子の明るさと元気さ、人なつっこさによって、合格。

そして総合職として内定をもらった。

すごい快挙だ。


ただB子には問題があった…

卒論方のゼミ生に比較して、かなり遅れていることだ。

何回もそれを指摘しているが、あいかわらず、B子はのんびりしている。

「7月までにデータを取ればいいのでしょう」などと言っているが、教育実習もあるし、それも危険な状況だ。

そこで私はいいことを思いついた。

教育実習が終わったら、しっかり卒業研究をやりますと、ビデオの前で誓約させるのだ。

誓約した場面がビデオに残るのだから、B子はしっかりやらざるを得ないだろう。

さっそくビデオ撮影が行われた。

B子「私は、教育実習が終わったら、アンケートを作成し…」





(↑ 卒業研究の誓約のビデオ撮影をしているところ)



こんな時でも、B子はニコニコしながらしゃべっている。

だからB子は就活の面接でも歌を歌えるんだけどね。

就活では、人柄も重要であることを教えてくれたB子でした。


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就活の内定者が出始め、教育実習も始まったので、4年ゼミは少人数。

どこか、のんびりムード。

卒業研究のデータを取り終わったC子とD子は、調子に乗って、「たこ焼きが食べたい~」と言い出した。

その場にいたゼミ生で、突然のたこ焼きパーティ。








(↑ 突然のたこ焼きパーティ)



3年生の学園祭で、さんざんたこ焼きを作っているので、手慣れている。

皆で、勝手にワイワイとたこ焼きを作っていた。

たまには、こんなパーティーもいいかもね。

2014年5月8日木曜日

殺気立つゼミ4年生の春

昼休み。

私が水道水を浄水器に入れていると…

「やっと見つけた。ずいぶん探したわ。」とゼミ4年生の声。

A子とB子だった。

教員採用試験の勉強をしている二人だ。

どうやら私を探していたらしい。

A子が言った。

「先生のズボン、いつもと違う。ベルトもおしゃれ。」

おしゃれと言われ、実はうれしかったが、そう簡単に嬉しがっては、ゼミ生に軽く見られてしまう。

そこで、あえて表情を変えないで、

「ふぅ~ん、いつものとおりだけど」

を応じておいた。

A子とB子は研究室に入ると、二人ともノートを取り出した。

「たいへんだった」とか「苦労した」などと、盛んに言い合っている。


教員採用試験の願書の受付が今日から始まったのだ。

志望動機や自己PRの文を苦労して書いたので、私に見てほしいというのだ。








(↑ 教員採用試験の願書を書くB子)



見せられたノートを見ると、なるほど、一生懸命書いた形跡が残っている。

昼休みで空腹だった私は、A子の差し出したノートをちょっと見てから、

「まっ、いいんじゃあないの」と軽く言った。

すると…

「先生! 適当! 私が何時間かかって書いたと思っているんですか!」

A子から鋭い声が飛ぶ。

B子も、しっかり見ろと言わんばかりに、ノートを突き出してくる。

A子とB子は、なかなか殺気だっている。

これはやばいぞを思い、空腹を我慢して、丁寧に読んだ。

「あのね、女の先生ではなくて、女性教員と表現した方がいいのではないかな」などと、コメントを出す。

二人に対していくつかのコメントを出したところ、納得したらしく、

「わかりました。また書き直して持ってきます。あ~あ、お腹すいた。」と言いながら、研究室を出て行った。

なんだ、二人ともお腹がすいていたのか。

二人が研究室にいたのは約20分間。

あっという間の出来事だった。


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その翌日…

今度はゼミ4年のC子が研究室に来た。

ある会社から内定をもらったが、受けようか辞退しようか、迷っているという。

C子は、授業がないのに、そのことを私に相談したくて、わざわざ大学に来たようだった。

「個人的には、その会社は辞退した方がいいと思う。」

私は率直な意見を言った。

実は、C子も辞退した方がよいかなと思っているらしかった。

ただ、辞退する電話をかけるのが嫌な様子だった。


私「まあ、辞退する電話はかけにくいが、一瞬で終わるよ。」

C子「………」

私「そんなに嫌だったら、D子に代わりに電話をかけてもらってもいいんじゃないの。」

C子「………」

ずっと迷い続けるC子だった。

C子は、昼前から午後5時まで、研究室であれこれ迷っていた。

もっとも私が会議で研究室を留守にしている間は、昼寝をしていたらしいが…

私が研究室に戻ってきた時、C子は寝ぼけていた。

C子「ファァ、先生~、留守の間、ファァ、お客さんが訪ねてきたよ、ファァ」




(↑ 寝ぼけているC子)



その後も、C子はなかなか帰ろうとはしなかった。

私は少し心配になって、時折声をかけた。

しかしC子の反応は鈍かった。

C子は何かにこだわり、辞退をするかどうか、決めかねているに違いなかった。

その姿は、女性のか弱さ、繊細さを思わせるものだった。

おそらく同年齢に男性にとっては、「守ってあげたい」と思わせ、C子の魅力を感じさせるものだろう。

(私は年配なので、何も感じないが…)

このようにして、C子の就活の戦いはまだまだ続くのであった。

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そのうちに、ゼミ4年生のE子が研究室に、ハアハア言いながらやってきた。

教員採用試験の実技のために、ハードルの練習をしていたらしい。

実際には、ハードルなしで走っただけで疲れてしまい、ハードルの練習までいかなかったようだ。

「研究室に来ても、心臓がどきどきしている」とE子は疲れた表情で言った。





( 疲れた表情を見せるE子  右↑)




E子は、いつものように、苦虫をかみつぶしたような表情をして、

「もっと、体力をつけないといけない」と言った。

その真剣な表情が、第三者的には面白く(E子には怒られてしまうが…)、つい写真をとってしまった。

そのひたむきさが、E子の魅力だよ(ちょっと、フォロー)。

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このように、ゼミ4年生は、教員採用試験の準備や、会社の内定の辞退で、精神的にたいへんです。












2014年5月7日水曜日

ゼミ生の名前

3年生のゼミが始まって1ヶ月。

ゼミ3年の春合宿も終わり、少しずつゼミの雰囲気ができてきた。


この時期、私はあることに一生懸命になる。


それは3年生のゼミ生の名前を覚えること。




ゼミの4年生や卒業生の名前と似ている場合、特に気を遣う。


言い間違えてしまうからだ。


たとえば…


レイナとレナ


ナナミとミナミ


おまけに、笹竹クラス1年生の25人の名前も覚えないといけない。


私はゼミ以外に、クラス担任もしているのだ。


実は、先週、1年生2人に対して、名前を間違えて呼び掛けてしまった。


でも1年生だったから、何も文句は言わなかった。


しかし…


先週、ゼミ3年生に対して、名前を間違えてしまった。


ゼミ3年生のA子に対して、B子(ゼミ卒業生の名前)と呼んでしまったのだ。


私はフォローした。


私「B子(ゼミ卒業生)は、岐阜県の山奥の出身で、目鼻立ちが整った美人だったんだ」(言い訳がましく)


すると名前を間違えられたA子は言った。


A子「その先輩が美人なら、(先生が間違えたことを)許してあげます。」


そして続けて言った。


学生「先輩は岐阜県の山奥の美人で、私は愛知県の山奥の美人!」


どうも、美人というコトバに機嫌をよくしているようだった。





(↑ 私が名前を言い間違えた場面。中央がA子)


その数日後…


大学から帰る途中、大府駅でゼミ3年生のC子に出会った。


C子は私に言った。


「先生、私の名前、わかりますか?」


突然言われたので、あせった。

自分の名前を私が覚えているか、不安に感じているらしい。

「も、もちろん。○○だよな。」(必死で)

名前がすらっと出てきたので、よかった。


ただ、この時期はまだ危ない。


間違える危険性がまだある。

だから、油断はできないのだ。



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卒業すると、ゼミ生は私の心の中で生きることになる。

私の心の中では、何年たっても、学生時代の顔のままだ。

ただ、ゼミ生の顔はすぐ浮かんでくるが、名前が出てこないということはある。

笹竹ゼミの卒業生は、200人は軽く超えている。

ゼミの卒業生の全員の名前を、すらすら言えるためには、それなりの努力が必要だ。

私のiPad touch には、ゼミ1期生から現在までのゼミ生の顔写真と、氏名が書かれたリストが入っている。

電車の中で、ごくたまに、昔のゼミ生の顔写真をながめる。

皆いい顔をしている。

このように時々復習している。

だから私は、これまでのゼミ生の名前を言うことができる(たぶん)。

教員は、卒業しても、ゼミ生の名前を覚える努力は欠かせないのだ。



2014年4月25日金曜日

夢に現れた大学時代の友人

夢を見た。

私の大学時代の親友が、夢の中に現れた。

その夢とは…


「私は、千葉県にいる大学時代の友人を訪ね、自宅に戻ってきた。

すると、なぜかその友人が私を追って来た。

友人は、私が仕事で使っているパソコンの前に座った。

そして、書類のスキャンはこうしないといけないと言って、マウスを使って実演した。

私が、マウスを使わずに、専用のスキャナを使っていると言うと、マウスの方が手っ取り早いと言う。」

目が覚め、時計を見ると、5時18分だった。

布団の中で、なぜ大学時代の友人が現れたのだろうと考えた。

思い当たる節があった。

最近、てきぱきと効率よく論文が書けず、いらいらしていたのだ。

もっと効率のよい手順を考えて、論文に取りかかる必要がある。

そのことを大学時代の友人が代弁して、私に言い聞かせようとしたのだと思う。


*********


この大学時代の友人は、人を見る目がとてもやさしかった。

単に人に優しいと言うことではない。

金八先生みたいに、厳しさのなかにも、あたたかさを感じさせる何かがあった。




(20代の頃の私と大学時代の友人。伊勢神宮にて)




そして、この友人はひどく素直なところがあった。

たとえば…

大学時代、彼には思いを寄せる女性がいた。

ある時、自分の思いを彼女に打ち明けたが、結局ふられてしまった。

彼は、寂しさをうぎらわすために、深夜ひとりで、大学の近くを通っているスカイラインを原付車で走った。

そこで交通事故を起こしてしまった。

幸い軽傷ですんだが、私が彼のアパートを訪れた時には、頭に包帯を巻いていた。

また彼は教員採用試験に合格し、大学卒業後は、中学校の教員になった。

しかし、彼の教育観は、公立の学校教育には合わず、悩んでいた。

ある朝、彼が中学校に出勤するところを玄関で母親が見送った。

ふと見ると、彼の鞄の中に当時私が彼に送った封書が見えた。

彼の様子がおかしいことを、母親は気付いていたので、心配して、私に電話をかけてきた。

「○○の様子がおかしい。もしあなたに連絡をしてきたら、相談にのってほしい。」

母親は私にそう語った。

当時、私は京都で仕事をしていた。

そしてその数日後、彼は京都にいる私を訪ねてきた。

元気そうな顔だった。

私はとりあえず3日間の休暇を取って、仕事を休んだ。

大阪に、大学時代の親しい友人がいたので、彼を呼び寄せた。

そして数日間、私のアパートで3人で昼夜をともに過ごした。

夜も一緒に寝た。

3人で、京都の鞍馬寺、嵐山などに行った。

嵐山では、平日のため観光客がほとんどいなかった。

それをいいことに、道路脇にあったベンチを持ち出して、桂川の真ん中に運び込んだ。

そして、川の流れに足を浸しながら、3人でおしゃべりをした。

今から考えると、ちょっとびっくりの光景。

地元の人からよく叱られなかったものだと冷や汗ものだ。

結局、数日後、彼は地元に戻り、そして年度途中で中学校の教員を退職した。

彼は純粋だったので、真剣に教育を考えていた。

そして彼の理想とする教育が、公立の学校教育では実現できないことを、真剣に悩んでいた。

この純粋さ、真剣に悩む姿は、今から思うと、とてつもなく貴重で、大切なものに思えてくる。

人生にまっすぐに立ち向かっている感じがする。


現在、この友人は、個人経営としては規模が大きい学習塾を経営している。

面倒見のよさや教え方がうまいことが評判になって、地元では多くの子どもたちが集まってくる。

学習塾の講師の授業コンクールでは、全国優勝を達成している。


*********


私は大学時代は、おおいに悩むべきだと思っている。

その時は苦しいが、その後の人生で、人間性に深みが出るように思う。

昨日も、研究室にゼミ生が悩んで訪れた。

進路の悩みだ。

いろいろな人に相談したが、まだ結論を出せないでいる。

実は、彼女は心の奥底では結論を出している。

ただ、もう一歩が踏み出せないのだ。



(進路で悩むA子。写真を撮ったら、「どうせブログに載せるつもりでしょ」と元気のない声)




その日、1年生の私のクラスの授業があった。

入学してまだ3週間。

同じクラスだが、お互い、名前も顔もしっかりとわからない状況だ。

そこで、グループに分かれて自己紹介をし、お互いに自由に質問するエクササイズを行った。




(話がはずむ1年生クラスの自己紹介の様子)



そしたら、どのグループもすぐにワイワイ、ガヤガヤ。

そのエネルギーの高さにびっくりした。

1年生はさすがに若かった!

ゼミ3年生、4年生も元気だが、とても1年生のエネルギーには勝てないだろう。

そう考えると、ゼミ3年生、4年生は大人。

進路について真剣に悩むのは当然だ。

もっと、もっと悩めばいい。

決してムダにはならないから。














2014年4月20日日曜日

警戒する3年生と疲れている4年生

春になった。


(↑ 私が撮影した桜)


これまで3年生であったゼミ生たちが、学年が上がって4年生になった。

でも、ゼミ生の顔を見ると、3年生だと思ってしまう。

3年生というイメージが残っていて、どうもピンとこない。


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そしてゼミ17期生が入ってきた。

第1回目のゼミが行われた。

皆、緊張している様子。

これまで私とあまり話したことがないので、私を警戒し、話しかけてこない。

どこかよそよそしい。

そう言えば、今年の春卒業していったある学生から、こう言われた。

「ゼミが始まった頃、笹竹先生は、やさしいのか、怖いのかわからず、どのような態度を取ればいいのか、わからなくて戸惑っていた…」

そうか…、ゼミ生たちは私への接し方に戸惑っていたのか。

実は、健康心理学の授業では、できるだけ「怖い先生」を演じようとしている。

150人の学生を相手にしているので、スキを見せると、すぐ学生は遊んでしまう。

だから、

「そこの学生、しゃべるな。うるさい。」

こんなぐあいに、学生を厳しく注意している。

でも、ゼミではすぐに化けの皮がはがれてしまう。

4年生になったばかりのゼミ16期生を見ればわかる。

1年前はおとなしかったが、今では私に対する態度は大きくなってしまった…


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今日は、ゼミ3年生にとっては最初のゼミなので、ゼミ生全員の氏名、ニックネーム、出身地などを記憶する。

そして記憶したかどうかのテストもある。

だから、皆、必死に覚えようとしていた。

毎年恒例、笹竹ゼミに入って最初に受ける試練だよ。




(↑ 名前を記憶したかどうかのテスト)



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4年生のゼミも始まった。

しかし…

春になったというのに、どうも元気がない。

疲れている様子。




(↑ 卒業研究のアンケートの準備をしているところ)



その原因のひとつは、就活だ。

希望する会社に内定をもらったゼミ生は一人もいない。

「二次面接を受けて、結果を待っているけど、なかなか連絡が来ないから、落ちたと思う。」

「今度、面接試験がある会社に落ちたら、エントリーシートを出している会社がないから、最初からやり直しだわ。」

私が不用意に「落ちた」という表現を使うと…

「先生!落ちたなんて言わないでください。まだ心の傷が癒やされていないのに!」(不満そうな顔つき)

こんなぐあいに、皆、就活で苦戦しているのだ。

「早く、就活を終わりたい~」

本音をもらす学生もいる。

就活がうまくいかず、社会の厳しさを感じ始めている4年生。

このように厳しい試練を乗り越えて、学生から社会人へと気持ちを切り替えていくのだと思う。

まあ、当分の辛抱だな。(こう言うと、「その表現、軽い! 先生はいい加減ですね。」とよく学生から言われるが…)