2014年12月23日火曜日

渋谷のイタリアンの居酒屋にて

東京渋谷。

JR渋谷駅から徒歩5分のところに,その店はあった。

本通りから1本外れた裏通りのため,比較的落ち着いた通りである。

午後5時。

開店を待って,その店のドアを開けた。

客はまったくおらず,カウンターの向こうに店員2人がいた。

若い店員が私を見て微笑んだ。

今年卒業したゼミ生のA男だった。

渋谷でイタリアンの居酒屋の店長をしていると人づてに聞いて,訪ねたのだった。



(店内にて A男)


A男は,大学時代から,将来は自分の店を持ちたいと夢を語っていた。

就職活動では,迷わず東京の飲食関係の会社を選んだ。

まじめに働いているらしく,渋谷の店は2店舗目であり,店長を任されている。


隅の席に座って,A男のおすすめの生ハムとビールを注文する。

A男の雰囲気は,まだそれほど変わっていない。

ただ少し太ったかな。

仕事はなかなかハードなようだった。

深夜に帰宅し,昼過ぎに出勤。通勤に約1時間かかる。

それでも「楽しいから,それほど疲れませんよ」とA男は言う。




(カウンター内で働くA男)


もう一人の店員は,ゼネラルマネージャーで,A男の上司というので,席を立って挨拶に行く。

「厳しく指導してやってください。A男は,気が乗らないと,だらだらしますから」

大学時代,卒業研究をやる気がしないとだらだらし,締め切りに間近になって,他のゼミ生に助けてもらって何とか提出にこぎ着けたという前科があった。

「卒業研究は地獄でした。本当にきつかった。でも今から思うと,卒業研究をやってよかったと思っています。」

A男は神妙な顔をして言った。

卒業研究によって,世の中の厳しさを多少知ったのだろう。

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お腹が空いていたので,スパゲティを注文する。

カウンターの向こうで,なにやらA男が調理を始めた。

けっこう時間がたってA男がスパゲティを運んできた。

「自分が作ったスパゲティは,上司はまだまだダメだと言うんですが…」

食べてみて,確かに今ひとつだった。

「麺はもっと堅めがいいな。スープが残りすぎだな。」

私は遠慮なく言った。

A男はプロなのだから,客としての意見をはっきり言わないといけないと思った。



(A男のつくったスパゲティ)


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「彼女はいないの?」

私が突然切り出すと,

「いませんよ。」との返事。

「前の彼女とは,よく続いたな。もっと早く別れると思っていたが」

「でも…ガチで好きだったんですよ…~」

A男の胸の内を語ってくれた。


その後,カウンター内で働き始めたバイトの女の子を見ながら,

「あのバイトの女の子,かわいいし,とっても気がつくし,いい女の子ですよ。でも彼がいるんですが…」

とA男は残念そうな顔で言った。

仕事を一生懸命やっているだけに,心を癒やしくれる彼女がほしいのだろうと思った。

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帰り際,A男は「美味しそうなリンゴがあるので,持って行ってください。」と言って,リンゴを1個渡してきた。

大きくて美味しそうなリンゴだった。

A男の気持が詰まったリンゴに思えた。




(二人で記念撮影をした)


店から出ると,外はすでに真っ暗になっていた。

店の看板に明かりが灯っていた。




この店が繁盛し,いつかA男の店が持てることを祈って,渋谷駅に向かった。