2014年12月24日水曜日

大雪のなかの忘年会

大雪警報が出て,大学が全面休講になったその日…

大府駅前でゼミ3年の忘年会が開かれた。

授業がないので,皆,忘年会のためだけに,自宅から集まって来た。

本当はキャンセルしたかったのだが,さすがに当日は無理だった。

この居酒屋は,普段はサラリーマンで賑わう。

学生がこの居酒屋で飲むことはほとんどない。

サラリーマン向けだから、この店の料理は美味しかった。




(ゼミ3年の忘年会)

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忘年会が始まって,私の前に座ったA子が語り始めた。

数ヶ月前に彼に別れを言い渡された。

A子は彼に愛情を持っていたが,別れを受け入れた。

彼は結婚を意識していたが,今のA子はそこまでの意識に至っていなかったからだ。

でも,その後も彼は連絡を取ってきて,現在でも会っている。

まだ愛情を持っているような思わせぶりな態度を彼は示す。

そのたびに,A子は気持がときめき,そして切なくなる。

私のこと,どう思っているの?

私はどうしたらいいの?


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すると,そばで聞いていたB子が言う。

「私も,同じような感じ。思いを寄せる彼がいるけど,はっきりしない関係が続いている。でも先生に相談したら,その関係を続けろって言うの。」

このような恋愛の悩みはけっこう多い。

そして私のアドバイスはいつも同じだ。

「はっきりしない関係を続けること。白黒つける必要はない。」

心惹かれる相手の気持ちを思い,相手のわずかな態度や言葉に,ワクワク,ドキドキすることは,心が煌めく瞬間だ。

とっても繊細で,落ち込んだり,幸せを感じたり,浮き沈みは激しいけれど,美しく輝いている瞬間だと思う。

交際していないだけに,純粋な愛が経験される。

でも…

交際が始まると,俗的な悩みが出てくる。

彼は浮気をしていないか…

長男だけど結婚はうまくいくか…

そしてマンネリ化してきて,刺激が乏しくなってくる。

こんな持論をゼミ生相手に話をする。

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するとC子が反論する。

「私,マンネリ化しているかもしれないけど,でも彼と一緒にいると,心が落ち着くんです…」

C子は年上の彼と交際している。

数ヶ月前に彼と別れたが,彼に精神的に依存していることを自覚して,交際を復活させている。


たしかに,女の子はこのような場合がある。

交際する彼ができると,心が落ち着くのだ。

でもワクワク感はないが,おそらく,それはマンネリ化とは言わない。

マンネリ化とは,心が落ち着きすぎて,むしろ退屈で,話題がなくなる状態のことだ。

彼にあれこれと話すことが一杯あり,それを話すことで心が落ち着くのであれば,ワクワク感がなくてもいいと思う。

でも,私の年齢になると,やはりドキドキする切ない恋がとても貴重に思える。

それは,青春時代にしか体験できないからだ。

だから,無理して,交際に持ち込むことはない。

ドキドキする切ない恋を大切にしてほしいと思う。

2014年12月23日火曜日

葬られた先生

今年も卒業研究の提出する日がやってきた。

私は,朝から夕方まで,学科のすべての学生の卒業研究の書式をチェックする。

大変な作業であることは自他共に認めるところだ。

単に書式のミスを指摘するだけでは,学生の怒りをかってしまう。

なぜこの書き方がミスなのかを,納得するように説明する必要がある。

さらにミスの指摘のしかたもむずかしい。

単純なミスであっても,ミスはミスとして指摘しないと公平さは維持できない。

わずかなミスである場合は,心苦しいときもある。

しかし,楽しい一面もある。

ゼミによって雰囲気はかなり違う。

書式ミスがなく卒業研究が受理されると,ガッツポーズが出て,ゼミ全員から拍手をもらい,盛り上がるゼミもある。

そうかと思えば,淡々と卒業研究を提出してくるゼミもある。

また私の前に座ると,まるで仏様を拝むかのように,両手を合わせて「どうか合格しますように」とぶつぶつ言う学生もいる。

あるいは「先生,寒くないですか。エアコンの温度を上げましょうか」などと,妙に気をつかってくる学生もいる。

なかなか楽しい。

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笹竹ゼミでは,書式ミスは自分で見つけるように指導している。

手をかけすぎると,学生は甘えてしまって,自分で書式ミスを見つけようとしないからだ。

いよいよ卒業研究の提出の当日。

本文では,ゼミ生4人に書式ミスがあり,再提出となった。

抄録では,ゼミ生6人に書式ミスがあり,再提出となった。

再提出になった学生は、むすっとした表情で演習室に戻り、訂正することになる。

演習室のホワイトボードには、こんな落書きがあった。

私がゼミの時間に、もっとしっかりと書式ミスを確認してほしいという気持が表現されていた。


(書式ミスをもっとしっかり確認すべきという意味の落書き)



特に抄録の再提出となると,先着順になるため長い行列ができ,提出まで約2時間待ちとなる。

事情を知らない3年生以下の学生は、この長い行列に驚いていた。




(再提出を待っているゼミ生たち)


再提出の受付が始まった。

私は片手に定規を持って、学生たちの本文や抄録をチェックする。

私がこの定規を使って余白を測定したり、行数を数え始めると、学生たちは緊張するという。



(再提出の受付風景。私の右手には定規がある。前に座っているのはゼミ生たち)


ゼミ生の再提出を受け付けるとき,その様子を私がビデオカメラで撮影しようとすると…

「こんなところ撮らないで,早く見てください」とゼミ生は言った。




(「こんなところ撮らないで、早く見てください」というゼミ生)



午後6時過ぎ。

すべての作業が終わった。

ゼミ生たちはすでに帰って,演習室には誰も残っていなかった。

鍵を閉めようと,演習室に入ってみたところ…

ホワイトボードには落書きがしてあった。

お寺の絵が描かれ,その横にお札が描いてあった。

再提出となったゼミ生が怒って書いたのだろう。

私を葬ろうとしている。



(ホワイトボードに描かれたお寺の絵)



(なんと御札まで作られていた)


「ほう,なかなかおもしろいじゃあないか」

私に対する怒りを,このように表現するとはユニークだと感心した。

さっそく私は写真に撮った。


後日,ゼミの時間に、ゼミ3年生たちはこの絵を見た。

しかし,この絵が描かれた背景がわからず,「気味が悪い絵」と言っただけで,何の関心も示さなかった。



渋谷のイタリアンの居酒屋にて

東京渋谷。

JR渋谷駅から徒歩5分のところに,その店はあった。

本通りから1本外れた裏通りのため,比較的落ち着いた通りである。

午後5時。

開店を待って,その店のドアを開けた。

客はまったくおらず,カウンターの向こうに店員2人がいた。

若い店員が私を見て微笑んだ。

今年卒業したゼミ生のA男だった。

渋谷でイタリアンの居酒屋の店長をしていると人づてに聞いて,訪ねたのだった。



(店内にて A男)


A男は,大学時代から,将来は自分の店を持ちたいと夢を語っていた。

就職活動では,迷わず東京の飲食関係の会社を選んだ。

まじめに働いているらしく,渋谷の店は2店舗目であり,店長を任されている。


隅の席に座って,A男のおすすめの生ハムとビールを注文する。

A男の雰囲気は,まだそれほど変わっていない。

ただ少し太ったかな。

仕事はなかなかハードなようだった。

深夜に帰宅し,昼過ぎに出勤。通勤に約1時間かかる。

それでも「楽しいから,それほど疲れませんよ」とA男は言う。




(カウンター内で働くA男)


もう一人の店員は,ゼネラルマネージャーで,A男の上司というので,席を立って挨拶に行く。

「厳しく指導してやってください。A男は,気が乗らないと,だらだらしますから」

大学時代,卒業研究をやる気がしないとだらだらし,締め切りに間近になって,他のゼミ生に助けてもらって何とか提出にこぎ着けたという前科があった。

「卒業研究は地獄でした。本当にきつかった。でも今から思うと,卒業研究をやってよかったと思っています。」

A男は神妙な顔をして言った。

卒業研究によって,世の中の厳しさを多少知ったのだろう。

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お腹が空いていたので,スパゲティを注文する。

カウンターの向こうで,なにやらA男が調理を始めた。

けっこう時間がたってA男がスパゲティを運んできた。

「自分が作ったスパゲティは,上司はまだまだダメだと言うんですが…」

食べてみて,確かに今ひとつだった。

「麺はもっと堅めがいいな。スープが残りすぎだな。」

私は遠慮なく言った。

A男はプロなのだから,客としての意見をはっきり言わないといけないと思った。



(A男のつくったスパゲティ)


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「彼女はいないの?」

私が突然切り出すと,

「いませんよ。」との返事。

「前の彼女とは,よく続いたな。もっと早く別れると思っていたが」

「でも…ガチで好きだったんですよ…~」

A男の胸の内を語ってくれた。


その後,カウンター内で働き始めたバイトの女の子を見ながら,

「あのバイトの女の子,かわいいし,とっても気がつくし,いい女の子ですよ。でも彼がいるんですが…」

とA男は残念そうな顔で言った。

仕事を一生懸命やっているだけに,心を癒やしくれる彼女がほしいのだろうと思った。

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帰り際,A男は「美味しそうなリンゴがあるので,持って行ってください。」と言って,リンゴを1個渡してきた。

大きくて美味しそうなリンゴだった。

A男の気持が詰まったリンゴに思えた。




(二人で記念撮影をした)


店から出ると,外はすでに真っ暗になっていた。

店の看板に明かりが灯っていた。




この店が繁盛し,いつかA男の店が持てることを祈って,渋谷駅に向かった。

先生に仕返し

熱気ある演習室。

皆黙々と卒業研究に取り組んでいる。





(今年のゼミ4年の卒業研究の様子)

今年の4年生は優秀な学生が多い。

それでも皆卒業研究に苦しんでいる。

ゼミ生の提出してきた本文を読んで,私が評価する。

私がなかなか合格を出さないので,皆イライラしている。

おまけに私が授業や会議に出席するために不在になることが多く,指導を受けられないので皆困っている。


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ゼミのある日,5限に精神保健の授業があった。

私が授業に行っている間,指導を受けることができない。

そのためゼミ生たちは,授業を休講にしてほしいという。

そんなことはできない。

それなら,早く授業を終わって戻ってきて欲しいと言う。

そんなこともできない。

授業に出てみると,この授業を受講しているゼミ4年生が一番前の席に座っていた。

なんと「授業を早く終われ」という紙を机に貼っている。





(教室の一番前に座っているゼミ生)


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ある日…

私が会議で研究室を留守にしたことがあった。

その時,研究室にはA子,B子,C子がいた。

そして,私の悪い予感は当たった。

会議が終わって戻ってきてみると,隠してあったビスケットとチョコパイの袋がテーブルの上にあった。



(隠してあった大切なお菓子が…)



それを、ゼミ生たちは美味しそうに食べていた。

「俺のお菓子が…」

「いいえ,違います。私たちが買ってきたお菓子です」(キッパリ)

「実は,お菓子の袋に密かに印を付けてあるんだ」と私がデタラメを言うと…

A子は袋を手に取って探し始めた。

「やっぱり,俺のお菓子じゃあないか」



ゼミ生たちは,すなおに認めたものの,こう言った。

「先生のパンとポタージュの素を、この部屋のどこかに隠したので,探してごらん」

この発言にはある意味が隠されていた。


卒業研究の書式ミスがあっても,私はそれを具体的に指摘せず,「どこにあるか,探してごらん。」と言っていた。

ゼミ生たちが「わからないので,教えてください」と言うと,

「中学生でもわかるミスだ」と突っぱねていた。





(ホワイトボードのゼミ生の落書き)



ゼミ生たちは,ミスを探す作業にイライラしていた。

この仕返しをしようとしているのだ。

書式ミスを探し出すことがたいへんなので,私に探し出す苦労を味合わせようとしているのだ。

私がパンと
ポタージュの素を探している様子をゼミ生たちは面白がって,スマホで写真に撮っていた。



(この穴の中にパンが隠されてあった。)




(本の間にポタージュの箱が…)



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こんな調子で,ゼミ生たちは卒業研究に取り組んでいた。

大学の最終バスに乗れなかったことは,何回もあった。

D子は,他のゼミの学生に捕まり,パソコン室で書式を整える作業に付き合わされていた。

午後10時になってやっとD子は研究室に戻ってきた。

疲れた顔をしている。

「先生,私たちをタクシーで駅まで送るか,ピザまんをおごるか,どちらがいいですか。」

D子は無情な要求を突きつけてきた。

つい,かわいそうになって「うーん,ピザまんかな」と私が口にする。

ゼミ生3人と一緒に,共和駅まで歩き,その途中のコンビニでピザまんを買うつもりであった。

しかし列車の発車時刻が迫っていたので,時間的余裕はなく,ピザまんを買うことはできなかった。

皆疲れた顔つきで,電車に乗り込んだ。





(大府駅にて 午後10時30分頃)


卒業研究は、やっぱり今年もたいへんだった。