研究室でランチを食べていると、ドアを激しくノックする者がいる。
こんなに乱暴にノックするのはゼミ生に決まっている。
やはりゼミ3年生のA子が入ってきた。
今日はおしゃれな私服姿。
夕方に新年会があるという。
A子は研究室に入るなり、
「先生、ここで着替えていいですか。これから武道場で授業があるのです。」
と言った。
もうすぐ昼休みが終わって授業が始まるので、急いでいるのだろう。
「いいよ、着替えている間は、俺はこっちを向いていればいいんだな。」
と言うと、
A子「どちらでもいいです。」(さばさばとした雰囲気)
私「・・・・・・・」
着替えを見られてもいいっていうこと?
もちろん、私はうつむいてランチをもくもくと食べていた。
A子は着替え終わったらしく、
「脱ぎっぱなしだけど、いいですね。それから先生のスリッパ借りていいですね。借りていこうっと。」
と言いながら、荷物を置いて、あわたただしく研究室から出て行った。
A子が研究室に入ってきて出ていった間は、わずか5分程度。
あっという間の出来事だった。
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やれやれと思ったその時…
またもや研究室のドアを叩く者がいる。
今度はゼミ4年生のB子とC子だった。
B子・C子「先生、合宿までに卒業研究の何をやればいいの?」(のんきな雰囲気)
私「ポスターの下書きを描いて、それから印刷して、それから発表原稿を作って~」(いかにもたいへんだぞという雰囲気)
B子・C子「え~、たいへんそう~」
私「まっ、間に合わなければ、2月上旬に特別発表会に延期してもいいけどね。」(嫌味っぽく)
B子・C子「そんなの、無理、無理」
私「それなら、今日やるんだな。」
そこでB子とC子は、卒論をやる気になったようだった。
そこにD子も加わって3人で卒論をやり始めた。
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私が大学院生の指導で、10分程度研究室を留守にして、戻ってくると…
3人がチョコパイを食べている。
実は、チョコパイを買って研究室の書棚の下に置いてあった。
ただし、その上にバックなどを置いて、見つからないようにしてあった。
まさか、私の大切なチョコパイを…
私は心配になって言った。
私「これ、俺のチョコパイだろう?」
B子「違います。」(きっぱり)
正直に白状しないので、
私「あっ、全部チョコパイが食べられている!」(悲しそうな声で)
D子「えっ、全部!」(おどろいた表情で)
B子「違うよ!何個か残して持ってきたから」(あわてて)
私のチョコパイを探し出し、皆に配ったのはB子であることが判明した。
D子「なんだ、先生の言うことは信用できんな!」
私「それはこっちが言うセリフだよ。」(食べたことを正直に白状しなかったくせに)
(↑ ゼミ生に食べられたチョコパイ)
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3人はチョコパイを食べてはいるが、卒論はあまり進んでいないようだった。
C子「先生~、どうやってポスター描いたらいいの~」
C子はすぐに教えてもらおうとする。
私「そんなに媚び売っても、俺が教えると思う?」
C子「私、先生がそばにいないとできないもん」
C子に限らず、ゼミ生たちは様々な理屈を持ち出して、教員にやらせようとする。
それを、いわばアメとムチで、ゼミ生たちに自分で考えさせようとするのが教員の仕事。
年が明けて、再びゼミ生たちとの戦いが始まった。
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しかし…
私はわかっていた。
ゼミ生たちがわいわい言いながら卒論をやるのは、もう数週間だけだということを。
卒業研究発表会が終われば、ゼミ活動は終わる。
ゼミ生全員が集まることは、もうないのだ。
その寂しさは、この時期の4年生には自覚できないだろう。
目の前にある卒論のことで、頭がいっぱいだから。
でも、私にはわかっていた。毎年経験しているから。
だから…
年が明けると、私の心の中に寂しさが漂い始める…