卒業研究の本文の提出が迫っていた。
今年の4年生は,特に取り組みが遅い。
本文の締め切りに間に合わない危険性があるゼミ生が4~5人いる。
特に危険性の高いゼミ生とは…
A男は,愛想はよく皆から好かれているが,根気がない。
卒業研究をやらずに,すぐに遊んでしまう。
授業もよくサボったので,4年になってから30単位も取らないといけない状況だ。
B男は,能力的には高いのだが,無気力状態。
やる気が出ないと言って,卒業研究をやろうとしない。
C子は,愛想は抜群で,ゼミの最中に調子に乗って踊ったりするなど,にぎやかだ。
でも集中力がなく,卒業研究をやらずに,すぐに遊んでしまう。
この3人は卒業研究が間に合わない危険性が高いので,保護者に電話した。
「あの~,〇〇さんは,その~,卒業研究の取り組みが悪くて,締切が迫っているのですが,間に合わない危険性があります…」
保護者に電話するなんて,普通はしない。
する必要はないのかもしれない。
大学4年生は20歳を過ぎた成人であって,子どもではないのだから。
ただ親の立場になって考えると,卒業できないとなれば,大学から正確な情報を事前に教えてもらいたいと思うはずだ。
だから3人のゼミ生の保護者に電話した。
そして,締め切りが迫ったある時,A男に再度言い渡した。
「卒業研究は間に合わない。卒業はできない。」
するとA男は怒り出した。
机を数回たたき,声を荒げて,
「先生の指導が急に丁寧になった。なぜこれまで丁寧に指導しなかったのか」
こんなA男を見たのははじめてだった。
その日の昼休みに,私が歯を磨いていたら,A男が寄って来て言った。
「さっきは,むきになってすみませんでした。」
その日の夜…
B男のアパートの部屋。
ゼミ生4人が集まっていた。
A男,B男,そしてD子とE子だった。
卒業研究がかなり遅れているA男とB男を助けようと,D子とE子が応援に駆けつけたのだ。
A男とB男は協力しあいながらデータを入力し,D子とE子が分析方法を教えた。
D子とE子は、卒業研究を午前1時頃まで手伝った。
A男とB男は,その後も寝ることなくパソコンのデータと戦っていた。
私がなぜこのことを知っているかと言えば,午後11時過ぎにD子から電話をもらったからだ。
今,B男のアパートで卒業研究をやっていると。
おそらく数日間,あまり寝ることなく卒業研究に取り組んだおかげで,A男とB男はなんとか卒業研究の形は整ってきた。
もちろん,内容は乏しいが…,そこは目をつぶった。
12月5日本文提出の直前のゼミ。
皆あせって卒業研究に取り組んでいる。
普段のゼミから,このような真剣な表情を見たかった…
「〇〇!こんなところで寝ていてはじゃま!」
「〇〇!うるさい!踊らないで!」
あちこちから,声が飛ぶ。
なかなか本文が完成しない。
とうとう午後10時になってしまった。
どこの研究室も明かりが消えている。
12月12日木曜日,卒業研究の本文の提出の当日。
提出する会場に,ゼミ生たちが卒業研究の本文を持ってやってきた。
A男とB男,そして自分で頑張ったC子も,卒業研究の本文を持っている。
なんとか間に合ったのだ。
これで卒業できる可能性が出てきた。
もっともA男とB男は,書式の不備のため受理されず,再提出になってしまったが…
D子の卒業研究の本文の「おわりに」はこう書かれてあった。
「土壇場になって,ゼミの団結力はすごかった」
他のゼミ生のおかげでここまで来れたことを,A男,B男はよく覚えておくんだよ。
ひとりで頑張っていたら,絶対に間に合わないはずだ。
まだ抄録の作成と発表が残っているので,まだ油断できないけどね。