2013年10月8日火曜日

「先生!やる気が出ないんです」

卒業研究の追い込みの時期。

4年生は、ほぼ1日中、演習室で卒業研究に取り組んだ。



(↑ ゼミが始まった演習室前の様子)




 (↑ 当日の演習室の様子)



途中A男が演習室を抜け出し、外の階段に腰を下ろして携帯をのぞいている。

どうも彼女とトラブルがあったらしい。

気持ちのやさしいB子が声をかけた。

「よかったら、話を聞こうか」

A男はそれを断り、気持ちが落ち着いたら皆のところに戻ると答えたという。

まあ男と女が2年間つきあえば、いろいろな時があるさ。

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しばらくして、今度はC男が研究室にやってきた。

C男 「先生、卒業研究、あの部屋では、やる気がでないんですけど」

先生 「どうして?」

C男 「皆と一緒にいると、遊んでしまって…」

先生 「そしたら、自分の部屋でやるんだな。」

C男 「でも、一人だけではできなくて、誰かそばにいないと…」

先生 「ふむ…」

皆がいれば一緒に遊んでしまうし、そうかと言って、一人でもだらだらしてしまって、できないというのだ。

学生なら誰でもこのような状況は経験したことがあるだろう。

先生 「つまり、卒業研究をする環境がベストでないと、なかなかできないということを言いたいのかな。」

C男 「まあ、そういうことになるのかな」

先生 「環境がベストであろうとなかろうと、気分がよかろうと悪かろうと、それなりにパーフォーマンスを維持することが大切だと思う。

C男 「……」

先生 「一流のスポーツ選手は、調子が悪い時でも、それなりの競技成績を出しているのではなかろうか。」

C男 「確かに、そうかもしれません。」

先生 「ゼミ生のD子をみてごらん。皆と一緒に遊ぶときもあるけど、着実に卒業研究を進めている。」



(↑ D子は、この日アイスを食べながら卒論に取り組んでいた。) 

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その夜、お風呂に入っている最中に、ぼんやりC男との会話を思い出していた。

そしてふと思った。

「気分がよかろうと悪かろうと、それなりにパーフォーマンスを維持することが大切」

今日、C男に言ったこの言葉。

昔、誰からか、言われたような気がする…

そして思い出した。

遠い学生時代のことを…

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当時、大学4年生だった。

進路のことで悩み、ゼミも欠席がちだった。

ある日の日曜日の午前中、ゼミの先生から電話がかかってきた。

今からすぐに研究室に来いという。

しぶしぶ、日曜日にもかかわらず、大学に向かった。

先生は怒るでもなく、先生が好きな研究者であるヴィクトール・フランクルの話をし始めた。

アウシュビッツ強制収容所での体験をもとに、名著「夜と霧」の著した精神医学者である。

先生の話の骨子は今でも覚えている。

「街はずれの靴屋のおっさんは、なぜ生きているのか」という命題についてだった。

街はずれの靴屋のおっさんよりも、高度な技術を持っている靴屋はたくさんいる。

自分よりも優れた靴屋はたくさんいるはずだから、その靴屋のおっさんは自己嫌悪になるはずだ。

そして自分の価値を認められず、靴屋をやっていても仕方がない、生きていても仕方がないと思うかもしれない。

しかし、その靴屋のおっさんは靴屋を続け、生きていこうとする。

その理由を、おまえは分かるかというものだった。

そしてヴィクトール・フランクルの生きていくための3つの価値について説明してくれた。

簡単に言えば、次のようなことだ。

その靴屋のおっさんは、自分なりに技術が向上することや、お客さんの喜んでくれることを通して、靴屋として生きる意味を見い出している。

つまり、生きる価値というものは、他人と比較するのではなく、自分で創造するもの。

だから、街はずれの靴屋のおっさんでも、靴屋を続け、生きていこうとする。

おそらくゼミの先生は、悩んでいる私にヒントを与えようとして、このような話をしたのであろう。

そしてこう言った。

「悩んでいても、どんな精神状態であっても、やるべきことは着実にやって、パーフォーマンスを下げないことが大切だ。」

この言葉は、私のその後の人生に影響を与えた。

だって、この言葉は、私の人生訓のひとつとなっているから。

ただ学生時代にゼミの先生から言われた言葉だったとは、すっかり忘れていたが…

自分の学生時代に、ゼミの先生から言われた言葉を、今こうして、自分のゼミの学生に言っている。

教育って、こうやって次の世代に引き継がれていくのだなと、妙に実感した。

C男が、将来自分の目標を実現させ、飲食店を経営するようになった時、きっとバイトの学生に言うことだろう。

気分がよかろうと悪かろうと、それなりにパーフォーマンスを維持することが大切であると。