2014年4月25日金曜日

夢に現れた大学時代の友人

夢を見た。

私の大学時代の親友が、夢の中に現れた。

その夢とは…


「私は、千葉県にいる大学時代の友人を訪ね、自宅に戻ってきた。

すると、なぜかその友人が私を追って来た。

友人は、私が仕事で使っているパソコンの前に座った。

そして、書類のスキャンはこうしないといけないと言って、マウスを使って実演した。

私が、マウスを使わずに、専用のスキャナを使っていると言うと、マウスの方が手っ取り早いと言う。」

目が覚め、時計を見ると、5時18分だった。

布団の中で、なぜ大学時代の友人が現れたのだろうと考えた。

思い当たる節があった。

最近、てきぱきと効率よく論文が書けず、いらいらしていたのだ。

もっと効率のよい手順を考えて、論文に取りかかる必要がある。

そのことを大学時代の友人が代弁して、私に言い聞かせようとしたのだと思う。


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この大学時代の友人は、人を見る目がとてもやさしかった。

単に人に優しいと言うことではない。

金八先生みたいに、厳しさのなかにも、あたたかさを感じさせる何かがあった。




(20代の頃の私と大学時代の友人。伊勢神宮にて)




そして、この友人はひどく素直なところがあった。

たとえば…

大学時代、彼には思いを寄せる女性がいた。

ある時、自分の思いを彼女に打ち明けたが、結局ふられてしまった。

彼は、寂しさをうぎらわすために、深夜ひとりで、大学の近くを通っているスカイラインを原付車で走った。

そこで交通事故を起こしてしまった。

幸い軽傷ですんだが、私が彼のアパートを訪れた時には、頭に包帯を巻いていた。

また彼は教員採用試験に合格し、大学卒業後は、中学校の教員になった。

しかし、彼の教育観は、公立の学校教育には合わず、悩んでいた。

ある朝、彼が中学校に出勤するところを玄関で母親が見送った。

ふと見ると、彼の鞄の中に当時私が彼に送った封書が見えた。

彼の様子がおかしいことを、母親は気付いていたので、心配して、私に電話をかけてきた。

「○○の様子がおかしい。もしあなたに連絡をしてきたら、相談にのってほしい。」

母親は私にそう語った。

当時、私は京都で仕事をしていた。

そしてその数日後、彼は京都にいる私を訪ねてきた。

元気そうな顔だった。

私はとりあえず3日間の休暇を取って、仕事を休んだ。

大阪に、大学時代の親しい友人がいたので、彼を呼び寄せた。

そして数日間、私のアパートで3人で昼夜をともに過ごした。

夜も一緒に寝た。

3人で、京都の鞍馬寺、嵐山などに行った。

嵐山では、平日のため観光客がほとんどいなかった。

それをいいことに、道路脇にあったベンチを持ち出して、桂川の真ん中に運び込んだ。

そして、川の流れに足を浸しながら、3人でおしゃべりをした。

今から考えると、ちょっとびっくりの光景。

地元の人からよく叱られなかったものだと冷や汗ものだ。

結局、数日後、彼は地元に戻り、そして年度途中で中学校の教員を退職した。

彼は純粋だったので、真剣に教育を考えていた。

そして彼の理想とする教育が、公立の学校教育では実現できないことを、真剣に悩んでいた。

この純粋さ、真剣に悩む姿は、今から思うと、とてつもなく貴重で、大切なものに思えてくる。

人生にまっすぐに立ち向かっている感じがする。


現在、この友人は、個人経営としては規模が大きい学習塾を経営している。

面倒見のよさや教え方がうまいことが評判になって、地元では多くの子どもたちが集まってくる。

学習塾の講師の授業コンクールでは、全国優勝を達成している。


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私は大学時代は、おおいに悩むべきだと思っている。

その時は苦しいが、その後の人生で、人間性に深みが出るように思う。

昨日も、研究室にゼミ生が悩んで訪れた。

進路の悩みだ。

いろいろな人に相談したが、まだ結論を出せないでいる。

実は、彼女は心の奥底では結論を出している。

ただ、もう一歩が踏み出せないのだ。



(進路で悩むA子。写真を撮ったら、「どうせブログに載せるつもりでしょ」と元気のない声)




その日、1年生の私のクラスの授業があった。

入学してまだ3週間。

同じクラスだが、お互い、名前も顔もしっかりとわからない状況だ。

そこで、グループに分かれて自己紹介をし、お互いに自由に質問するエクササイズを行った。




(話がはずむ1年生クラスの自己紹介の様子)



そしたら、どのグループもすぐにワイワイ、ガヤガヤ。

そのエネルギーの高さにびっくりした。

1年生はさすがに若かった!

ゼミ3年生、4年生も元気だが、とても1年生のエネルギーには勝てないだろう。

そう考えると、ゼミ3年生、4年生は大人。

進路について真剣に悩むのは当然だ。

もっと、もっと悩めばいい。

決してムダにはならないから。














2014年4月20日日曜日

警戒する3年生と疲れている4年生

春になった。


(↑ 私が撮影した桜)


これまで3年生であったゼミ生たちが、学年が上がって4年生になった。

でも、ゼミ生の顔を見ると、3年生だと思ってしまう。

3年生というイメージが残っていて、どうもピンとこない。


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そしてゼミ17期生が入ってきた。

第1回目のゼミが行われた。

皆、緊張している様子。

これまで私とあまり話したことがないので、私を警戒し、話しかけてこない。

どこかよそよそしい。

そう言えば、今年の春卒業していったある学生から、こう言われた。

「ゼミが始まった頃、笹竹先生は、やさしいのか、怖いのかわからず、どのような態度を取ればいいのか、わからなくて戸惑っていた…」

そうか…、ゼミ生たちは私への接し方に戸惑っていたのか。

実は、健康心理学の授業では、できるだけ「怖い先生」を演じようとしている。

150人の学生を相手にしているので、スキを見せると、すぐ学生は遊んでしまう。

だから、

「そこの学生、しゃべるな。うるさい。」

こんなぐあいに、学生を厳しく注意している。

でも、ゼミではすぐに化けの皮がはがれてしまう。

4年生になったばかりのゼミ16期生を見ればわかる。

1年前はおとなしかったが、今では私に対する態度は大きくなってしまった…


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今日は、ゼミ3年生にとっては最初のゼミなので、ゼミ生全員の氏名、ニックネーム、出身地などを記憶する。

そして記憶したかどうかのテストもある。

だから、皆、必死に覚えようとしていた。

毎年恒例、笹竹ゼミに入って最初に受ける試練だよ。




(↑ 名前を記憶したかどうかのテスト)



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4年生のゼミも始まった。

しかし…

春になったというのに、どうも元気がない。

疲れている様子。




(↑ 卒業研究のアンケートの準備をしているところ



その原因のひとつは、就活だ。

希望する会社に内定をもらったゼミ生は一人もいない。

「二次面接を受けて、結果を待っているけど、なかなか連絡が来ないから、落ちたと思う。」

「今度、面接試験がある会社に落ちたら、エントリーシートを出している会社がないから、最初からやり直しだわ。」

私が不用意に「落ちた」という表現を使うと…

「先生!落ちたなんて言わないでください。まだ心の傷が癒やされていないのに!」(不満そうな顔つき)

こんなぐあいに、皆、就活で苦戦しているのだ。

「早く、就活を終わりたい~」

本音をもらす学生もいる。

就活がうまくいかず、社会の厳しさを感じ始めている4年生。

このように厳しい試練を乗り越えて、学生から社会人へと気持ちを切り替えていくのだと思う。

まあ、当分の辛抱だな。(こう言うと、「その表現、軽い! 先生はいい加減ですね。」とよく学生から言われるが…)